ジムノペティ。
三拍子、たんたんたん、たんたんたん。
エリック・サティの作品で最も有名な曲。
第一番は、『遅く悲痛に』。
薄暗闇、鈍い光沢を放つピアノ、窓の外に広がるグラデーションの空。
放課後の音楽室。
流れるジムノペティ。
鍵盤の上をゆっくりと歩くように指が動く。
楽譜のない譜面台を見つめるその顔は、白く、無表情だ。
或いは、感情というものを音に吐き出してしまっているのか。
第一番は、『遅く悲痛に』。
(エリック・サティ。享年59歳)
(短い生涯だ)
(昔の人の寿命は短いものとはいえ、それにしても早いもんだ)
(俺はどうなんだろ)
ざわざわとした何かが、体を這い上がってくるような感じがして、奏者は一瞬眉を顰めた。
ピアノの黒、学生服の黒、鍵盤の黒。
防音壁の白、ちらつく前髪の白、鍵盤の白。
モノクロームの世界で、唯一琥珀色した瞳が
悲痛に
揺れる。
(三拍子。たんたんたん、たんたんたん。)
鍵盤の上を歩いていた十本の指が
悲痛に
走りだした。
『速く怒涛に』、流れるジムノペティ。
(俺も、死ぬの?)
(あの人みたく、死ぬの?)
(死ぬの?)
(死ぬ?)
(もし、死んだら、)
機械的に走る指、決して下手なはずではないのに、聞くものの気分を悪くさせるような音。
奏者の顔は、白く無表情。
完全に感情の捌け口と成り下がった楽器が、体を震わせる。
「お前、ここにいたの」
勢いよく音楽室の扉が開く。
聞きなれた友人の声が、大音響の中、微かに耳に届く。
反射的に、奏者は身をすくませ、指を止めた。
気味の悪い余韻が壁に浸透して行き、消える。
「今の何の曲?」
かちりと音がして、照明が人工的な光で室内を照らし出す。
「『ジムノペティ』」
小さくそれだけを告げると、そういえばこいつの補習が終わるのを待っていたのだ、と奏者は記憶をたぐっていった。
「じむのぺてぃ? あー…小学校の音楽でやった気がする。名前知ってるもん」
「なぁ、それ、そんな曲だったっけ?もっとゆっくりの……」
「……玲司?」
奏者は――玲司は、視線を鍵盤に落としたまま、微動だにしない。
一房、長く伸びた茶色い髪を揺らして、彼より幾分か長身の少年が彼に近づき、その顔を覗き込む。
「なに、そのしけた顔。お前」
「大和」
「もし俺が死んだらさ、」
(なんて馬鹿なこと言ったら)
(きっとこいつは、やっぱり「馬鹿」って言って)
(笑うかな)
(嘲笑うかな)
大和君は勘がいいので
なんとなく色々わかってるといい。
玲司はたまにこうやって鬱々としてればいい。
というかしてる。
DJの寿命は短い。
なんちゃって三部作一つめ。
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