卒業式
クローゼットを整理していたら見つけた、鰐皮を模した円筒型のそれ。 中学のときの卒業証書だった。 最後の制服。最後の顔ぶれ。 祝福の言葉。別れの言葉。 なんだかどうしようもない気持ちになった俺は、家を飛び出した。 「あら休日出勤?補習でも受けに来たの?ご苦労様ねー馬鹿玲司」 第一声がそれかよ。 という突っ込みを押さえて、俺は乱れていた息を整える。 「そういうお前はなんなんだよ」 「あたしが受けに来たのはあれよ、電波よ。ここはなかなかいい受信場なのよ」 それもどうなんだ。 またもや俺が心の中で突っ込みを入れているとは知ってか知らずか、一度俺を睨んだあと、凛は空を見上げた。 「本当は、学校自体に用事なんてないんでしょ」 驚く俺をよそに、相変わらず空を見たままぽつりと呟く。 「……かなわねぇなぁ、お前には」 「それで、何よ」 「あのさ」 凛はいつもどおり、少し馬鹿にしたような顔で俺を見た。 「お、れーじ君! こんにちはですよー」 大きな熊の形をしたリュックを背負って、元気よく真っ直ぐ上に片手をあげる。 俺も小さく手をあげたあと、一階の廊下を歩いていたそいつに歩み寄った。 「あれ夜澄、補習? 珍しいな」 「委員会の用事がちょっとあったのだ。もうお腹ぺこぺこですよー」 がくり、と肩を下げる夜澄に思わず笑い声をあげると、俺は鞄の中からチュッパチャップスを手探りで取って渡した。 とたんに元気な声で礼を言うのを見て、俺はまた笑ってしまった。 「れーじ君こそ、補習じゃないんですか?」 俺ってそんなに馬鹿に見えるのだろうか。 まぁたしかに成績はお前よりはるかに下だけどな! なんだか悲しいセリフを心で叫んでから、俺は夜澄にも問いかける。 夜澄は俺のあげた飴をくわえたまま、かくりと首をかしげた。 何をするでもなく、校内をうろついていた俺を呼び止める者がある。 「……玲司はん」 その呼び方で一発でわかるそいつは、バンダナの下から無気力そうな視線を投げてよこした。 「今日って人が多いのなー。血華は何してんの?」 「委員会ごとに集りがあったんです、今日は。玲司はんこそ……ほ」 「補習じゃありません」 きっぱりそういうと、血華ははぁ、と気のない返事をしながら頭をかいた。 「それじゃよっぽど暇だったんですなぁ」 うるせぇ、と返してから、こいつにも聞いてみようと思った。 血華は、少しの沈黙の後、ゆっくりと口を開いた。 今日は委員会があったってんなら、あいつも学校にいるはずだ。 俺が図書室の扉を開くと、案の定、本棚の整理を苦い顔でやってる奴が一人。 「一人で何やってんの」 「んだよお前かよ。……遅れて来た罰だ、って俺に全部押しつけていきやがった」 それでも律儀に果そうとするあたり、こいつらしいなぁと思う。 遅刻してくるのも含めて。 「ヘタレイジは委員会なにも入ってないだろ?なにしてんの」 「呼び方を改めろ! あと、少なくとも補習ではない」 「……なんだそりゃ」 怪訝な顔をして服の埃を払うと、椅子の上にどっかり腰を下ろす。 「もしかして、寂しくなって愛しの大和様に会いに来たってかー?」 「んなわけねぇだろ!」 「あーそうそう、もうちょいでこれ終わるからそこら辺うろついて待ってろ。帰りゲーセンよるべ」 「りょーかい」 そうだ、一応こいつにも聞いておくか。一応な、一応。 大和は一度肩をすくめて、本棚の整理に戻った。 屋上の扉をあけると、暮れはじめた空が視界一杯に広がった。 結構な時間を俺は学校の中で過ごしていたらしい。 「今日は収穫ゼロ、会った奴はヘタレか……」 聞こえた呟きに視線を下げると、鉄柵にもたれて煙草をふかしている人が一人。 「ど、どういう意味っすか!」 「別に。そのまんまの意味だよ」 「……先輩、なにしてんですか?」 その問いに、柚木先輩は盛大にため息をついた。 「どうもこうも、狂介様に会いに来たんだけど。生憎留守だってさ」 「それは……」 「災難だった、ってか? あーあ、あたしもついにこんな奴に同情されるようになったのか」 「こんな奴って!」 「……なんか文句、あんの」 「……激しくないです」 「よろしい」 俺も隣に並んで、学ランの内ポケットから煙草を取り出す。 「あ、そうそう。あのですね、一つ、聞いてもいいっすか」 柚木先輩は鼻で笑った後、煙草の灰を下に落とした。 或る人は言った。 「そんなの神のみぞ知る、よ。まぁ、あたしは分かるけどね」 或る人は言った。 「そうなっても、またみんなで会って、またみんなずぅーっと一緒ですよ、きっと!」 或る人は言った。 「今のことをまず考えなはれ。そしたらそのときのことなんて、予想くらいはつきますやろ」 或る人は言った。 「どうもなんねぇべ、多分。人って変わっちまうもんだけどさ、それはそれで、どうにかなるんだって」 或る人は言った。 「いつか、それは必ずくることだ。出会ったからには別れるのが道理。  例えばあんたの言うそれが一つのきっかけだとして、そっから先はもう、本人達次第なんだよ」 「卒業したら、俺達、どうなっちゃうのかなぁ」 怖かった。 またばらばらになっていっちゃう。 遠くに行ったら会えなくなる。 そしたら過ごした時間も思い出も薄くなってって、最後にはなくなっちゃうのかなって。 忘れること。忘れられること。 それは最初から無かったということと限りなく近い気がして、怖かった。 でももういいんだ。 「本人達次第」 だってそれが本当だとしたら、きっと俺達なら、大丈夫なはずだから。 まぁ、あと2年後の、遠くて近い未来の話なのだけど、ね。


 卒業式ってか卒業についてになっちゃった。
 無理矢理くさいとかなんとか。

 それにしても心配性だなぁこいつ。













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